他人を愛するということは
大変なエネルギーを必要とすることのようです
とくに
妻子がいて
さらに他の女性を愛するという事は
尋常なエネルギーをでは追い付かない
考えようによっては
一つのプロジェクトの仕事を完成させたり
大論文を書き上げる以上の
努力とスタミナが必要かもしれない
愛にはエネルギーがいる
一定以上の年代では
もう女などには関心がない
と公言する男が結構いる
もうそんなものは卒業したといった顔をして
古い妻と家庭に浸りきっている
だが見方を変えてみると
そういう人は実は心身ともにエネルギーがないのかもしれない
新しい恋をして
妻や世間を敵に回して
なおつき進むだけの気力がないのを「悟りきった」という言葉で
すり替えているのかもしれない
うむ、、
考えさせられるね。俺にはエネルギーがないというかわいてこないのだ。10年以上前から離婚すると言っているが「するする」詐欺のようになっている。別居婚でストレスもなく自由に生活しているのでこれと言った不満はない。男だからその時はマッチングアプリで見つければ良いと思っている。以外と簡単に見つかるが「愛」「恋」に発展する事はない。冷めた世界であり、孤独がうじゃうじゃいるし誰もが自分本位なのだ。それだけ自分が好きなのだろうと思う。昔、「愛と誠」という漫画があった。テレビ化や映画にもなった。その中で秀才の岩清水が「君のためなら死ねる」というセリフがある。高校生の多感な時期で「彼女を愛するという事は死ねる」という事なんだと頭が破裂しそうなほどだったのだ。しょせんそんな「愛」と出会ったことがない。一生ないであろう。あなたはありましたか?
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